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雑記

明治開化安吾捕物帖の“万引一家”と“覆面屋敷”を読みました。
どちらも御家のしきたりや嘘に翻弄された悲しいお話でした。UN-GO第3話のあらすじを見ると、“万引一家”よりも“覆面屋敷”がメインのようですが…はたして。
相関図を見ると、新十郎と因果の関係が“相棒”だったのが“?”に変わっていますね。二人の本当の関係は利害関係?主従関係?それとも…?

昨日も少し書きましたが、第2話の感想を見ると本当に面白い!
最後の安が歌おうとしたシーンについて。私は感想で書いた通り、“壊れた”と言われたのにもかかわらず、それでも自分の脚で立ち上がり歌を歌った。そんな希望に満ちあふれたシーンだと思ったのですが、あれは希望ではなく“執念”、あれでなお歌おうとするなんて“怖い”といった感想もあって面白いなと思いました。確かに彼女は人を殺してまで、人に罪をなすりつけてまで歌おうとしました。それだけでも物凄く執念深い人です。
でも、あの最後の顔はやはり“希望”だと思うんです。歌を奪われ、一生裁かれることのない罪を背負ってしまいましたが、あの最後の顔は決して壊れてなんていない。決して執念のみに捕らわれた顔ではない。私にはそう見えました。
そして歌った曲は“ブルー・ライト・ヨコハマ”。犯行のシーンが映し出された時に歌ったのは“ヴァルハラ処女ヶ丘”でした。犯行の自白であるのと同時に、歌詞に注意して聞いてみるとわかりますが戦争の曲だけあってを殺人を行う安自身と重なるような気がします。だからあのシーンでは“ヴァルハラ処女ヶ丘”を歌ったのだと思います。忌まわしい曲であっても、その曲自体が嫌いなわけではない…そんな気がします。嫌いならば、歌うはずがないですから。
彼女は、自分の状況と同じ歌を歌っている気がします。最後に“ブルー・ライト・ヨコハマ”を歌ったのは、禁じられている中で流行ったという背景があるから。
あの時、ブルー・ライト・ヨコハマが本当に街の中から聞こえてきているのでしょうか?もしかしたら、聞こえてはいないのでは?あのファイルはアップローダーに上げただけで、一部の人間にしか行き渡ってはいないような気がします。そんな状況で、ブルー・ライト・ヨコハマが屋外に響き渡るでしょうか?
だから最後に安がブルー・ライト・ヨコハマを歌おうとしたのは、曲が流れてきたからというより自分の意思のような気がします。自分の意思で日本語の曲が禁止されていたにも関わらず流行ったブルー・ライト・ヨコハマを歌った、自らを不の方向へ誘うヴァルハラ処女ヶ丘ではなくブルー・ライト・ヨコハマを歌った。だから“希望”だと思いました。

とまあ、ここまで書いておいてなんなんですが、これも一つの個人的な考察でしかありません。多分、自己完結しかしていないような気がします。“ヴァルハラ処女ヶ丘は自白のために歌っただけで、本当は口に出すのも嫌!最後に歌うわけがない!だからブルー・ライト・ヨコハマしか歌う物はないだろう。”とか言われてしまえばそれまでなので…。でも、狂った時に歌いそうな曲じゃありませんか?ヴァルハラ処女ヶ丘って。戦乙女だけあって血なまぐさいというか何というか…。

長々と書いてしまいましたが、次回も楽しみです。
ああ、でもまた第2話について書きたいことが出てきてしまいそう…。自由に考えるって本当に楽しいです。たとえ的外れなことだとしても…!

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  • 2013/11/01 12:59

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アニオタというよりは、ぬるオタ。最近はのんびり肩の力を抜いて見られるアニメが好きです。
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