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夏目友人帳 肆 第13話「遠き家路」

ついに最終回です。第1期から考えると、長かったようであっという間でした。どうやら3期、4期は2期終了時点である程度決まっていたみたいですね。ですが、やはり反響が大きくなくてはここまで続かなかったと思います。凄い!

「帰らなくちゃ」…ムシクイに襲われた夏目の台詞。前回からの続き。帰るべき家は“どの家”なのか?実家なのか、それとも藤原夫妻の家なのか…。

神社という“秘密基地”。家の中に秘密基地を作れない夏目にとっての、外にある“押し入れ”。“僕だけの場所”とは言ったものの、ここにいればいい、ここが自分にとっての“家”だとは思っていない様子。“帰る場所”は別にあります。

食べることへの遠慮。三世子が食べないから、自分も食べられない。遠慮してしまう夏目。この夏目の“食べること”への考え方って、今でも残っていると思います。
夏目が瓶の中に閉じ込められ、ニャンコ先生が夏目に化けた回。あの回でニャンコ先生はご飯をおかわりしていました。そこでの夏目の台詞が「おかわらないでくれ」。他の回を見てみると、夏目って“おかわりするか”と聞かれてからおかわりしてるんです。自分からおかわりすることがないんです。
共同生活における食事は、“同じ釜の飯を食う”という言葉があるように親睦を深める意味合いがあります。一緒に食事をとることを拒否する三世子、それは一緒に暮らすことを拒否することと同じ。夏目の自発的におかわり出来ないことも、まだ遠慮があることと同じ。でもおかわりするかと聞かれたり、お茶碗を作ったりすることは、居場所を作ってもらっているということでもあるんですよね。そういえば、食事のシーンって“家族”との食事しかありませんよね。他は食べ終わりの状態を映すだけだったような…。家族での食事、それはとても大切なこと。
(追記。そういえば屋上でお弁当を食べるシーンがありましたね。でもあれも“塔子さんが作ったお弁当”なんですよね。)

うどん屋さんのショーウインドーを覗く夏目。前回も夏目がショーウインドーを覗いていましたが、背の高さが違うため見ている棚が違います。今と昔の対比。
階段の上のムシクイに、「あっち行け」という夏目。それを見る三世子。これも前回と同じですね。夏目の「遠くに行けよ」や「人に迷惑かけちゃ駄目なんだ」という台詞が、夏目が自分自身に思っていることと重なります。

今回、夏目の子供らしい動きがよかったですね。布団を抱きしめる動きや、神社の中で脚の反動で起き上がる動き、そこからの胸の辺りをぐっと掴む動き、実家の住所を抱きしめる動きなど…。素敵です。走っている姿、疲れて倒れ込む姿もよかったです。

「行ってらっしゃい」…塔子さんの声。その言葉に返す言葉は“行ってきます”、そして“ただいま”と“おかえりなさい”。夏目の帰る場所、それはまぎれもなく藤原夫妻の元。帰らなくちゃ行けない場所への答え。

夏目の「俺の記憶を見た?」という問いに、ニャンコ先生は「興味はない」と言いました。“見た”のか“見ていない”のか、答えていないんですよね。
夏目の実家。押し入れの中の絵を見つめるニャンコ先生。まるで父親のよう。今期はそういう“父親”のような立場で描かれることが多かった気がします。風鈴の下、庭を眺める夏目とニャンコ先生。過去の夏目と父親と少し重なって見えます。

長年人の住んでいない夏目の実家。家って凄く不思議で、人が住まないとすぐに朽ちてしまうんですよね。夏目の実家は、庭には雑草が生え、戸が開きづらかったりするものの、完全には朽ちていません。館花家も蒼井家も、家を訪れていた様子はありませんでした。そんな放置されていた家がそのまま残っていることは、凄いことですよね。もしかしたら、夏目の両親が夏目が家を訪れるのを待っていたのかな…と思ったり。
家に入る時の言葉は「ただいま」、出る時は「行ってきます、父さん」。そして、“さよなら、僕の家”。“帰ろう”、帰るべき家へ。

ラムネ水の湧く場所を探す夏目たち。道に迷うことは、人生に迷うこと。二股に分かれた道は、人生の選択。右の道を選んだ中級たちは、後押しをしてくれる存在。右を選択する夏目。
先にラムネ水の湧く場所にたどり着いている笹田と多軌。あの時買ったCDは、名取のCDだったんですね。CDを代わりばんこに聞くという発想もですが、事前に道を調べてくる辺り、やっぱり女の子って合理的。

写真。それは今という一瞬を切り取る物。宝物である今を形にする物。藤原夫妻とニャンコ先生が写った写真も、押し入れの中に貼るのでしょうか?昔とは違う、家の中の“秘密基地”に…。

3期、4期は“夏目の成長”について描かれていました。でも、まだまだこれからも成長していくんですよね。新たな壁にぶつかって、それを乗り越えて…。まだまだ5期、6期と続いて欲しい所ですが、原作のストックがなかったり、なかなか難しそうですね。でもまた数年後、テレビシリーズではなくてもアニメで夏目友人帳を見たいです。長い間、お疲れ様でした!
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夏目友人帳 肆 第12話「記憶の扉」

今回は夏目が実家へ行くお話。4期もいよいよ大詰めですね。

実家へと向かう夏目。電車を乗り継ぐ様子は、旅のよう。そして旅は人生のよう。ふと、大森監督のコメントを見て思いました。今までを振り返る過去への旅であり、これからの成長のための未来への旅。人生という長い長い旅の途中。

目的地までの道のり。“やもめ”は“つばめ”、“生崎本線”は“長崎本線”、“箱田”は“博多”でしょうか?車内販売にあった“銘菓にわとり”は“ひよ子”、お弁当は“かもめ弁当”。どうやら、かもめ弁当は現在販売されていないようなのですが…。箱田で乗り換えたのは“西鉄貝塚線”。降りたのは“久人呆駅”ですが、地下鉄七隈線の“次郎丸駅”の外観と一致します。途中にあったうどん屋さんの“ただのうろんやさん”は“かろのうろん”。メニューにあったとろろこんぶ、丸天、からし明太子も実在するみたいです。ですが、場所は博多の方みたいですね。ちなみに“うろん”は博多の方言(といっても、今は年配者しか使わないみたいですが…)らしいです。
この辺り、ただ調べただけで詳しくはないので、間違っていたらすみません…。

過去の記憶を文字通り“辿る”夏目。うどん屋さんや柿の木、椿のある家、優しいお婆さん…よみがえる過去の記憶。目印になるような物がそのまま残っているって、凄いですよね。夏目がこの辺りに住んでいたのは小学生の頃。かなり変わってしまっていてもおかしくはないと思うのですが…。

鍵を預かっている家の女の子、蒼井三世子。彼女の夏目に対する感情って、他の人とは少し違う気がするんです。今までは夏目自身を気持ち悪がる人が多かったですが、彼女は夏目の行動そのものよりも、その行動によって両親が心配すること、両親を取られてしまうことを嫌っていました。
夏目が夏目の父親を優しいと言った時、自分の父親の方がずっと優しいと言ったのは、父親のことが大好きだから。一番大切な人だから。そして、そんな“大好きな人”が取られてしまうことが、堪らなく嫌だった…。弟が出来た姉のような、そんな子供らしい感情。それだけではなく、父親の優しさを無駄にしてしまう態度も嫌っていました。その優しさをそのまま受け入れてしまっていたら、もっと嫌いになっていたと思いますが…。
子供らしいといえば、両親を亡くした夏目にためらうことなく両親のことを聞く所も、実に子供らしいですよね。両親がいない…それだけで可哀相だと思ってくれる。気を引くことが出来る。そう思っていた所もあるのかもしれませんね。だから、両親のことを聞いたのはちょっとした意地悪なのかもしれません。
ニャンコ先生のパンチをくらった夏目を抱きかかえた父親。それを見る三世子の表情が印象的。

藤原夫妻の話をする三世子の父。夏目から視線をそらしながら話をします。藤原夫妻のことを悪く言うのは、知らないから。そんな話をするのは、夏目のことを心配しているから。視線をそらしたのは、それが本心ではなく建前だから。でも、だからって悪いわけではないんですよね。藤原夫妻のことを知らないから。それは仕方のないこと。
今まで預かってくれた人たちも、本当の夏目を知らないから気味悪がっていました。それも仕方のないことです。夏目自身、今まで今まで預かってくれた人たちはみんないい人たちだったと言っています。仕方のないこと、どうしようもないこと。

屋根の上にいるムシクイを挑発した夏目。この時の夏目の「君の家族を取ったりしないよ」という台詞は、夏目が三世子の両親を取らないという意味でもあり、ムシクイに悪さをさせないという意味でもありますよね。
ムシクイの姿は三世子には見えず、ただの突風でしかありません。前半の、風で妖怪の気配を感じた夏目とは対照的。

「宝探しみたいだ」…実家を探す夏目の台詞。前回、ラムネ水の湧く場所を探しに行った時と同じですね。目的地までの冒険。実家…それは“凄く凄く優しいお父さんの家”。過去への帰路。
ムシクイに襲われた夏目。口にした言葉は「帰らなくちゃ」でした。帰るべき場所は、実家なのでしょうか?それとも、藤原夫妻やみんなの所なのでしょうか?

来週はいよいよ最終回です。夏目は、実家に帰ることが出来るのでしょうか?そして、本当に帰るべき場所は?予告を見ると、どうやらみんなでラムネ水の湧く場所を探しに行くみたいですね。最終回、ちょっぴり寂しいけれど楽しみです。

夏目友人帳 肆 第11話「一枚の写真」

今回、今まで描かれていなかった夏目の両親についてのお話が出てきました。どうやら今回が前編で、中編、後編と続くみたいですね。

写真。それは嬉しい時、悲しい時、楽しい時…今という一瞬を切り取る物。滋さんは壊れたカメラを修理に出すと言っていました。最終回に写真を撮る展開がありそうですが…どうでしょう?

塾に通い始めた西村。ということは、西村は進学希望でしょうか?夏目友人帳のアニメは放送している季節と同じように進行していくので、現在3月です。4月からはみんな3年生。3期でも少しだけ出てきていましたが、そろそろ本格的に卒業後の進路を考える時期です。みんなで遊んだり、馬鹿やったりする機会が減ってしまう時期。子供から大人へと、徐々に変化しなくてはならなくなる時期。

館花さんからの電話。みんなと一緒にいたのは“明るい場所”、電話で話をするのは“暗い場所”。障子から透ける“光”。後半にも、光と影の演出があります。
電話の内容に付いて、塔子さんに「大丈夫」と言う夏目。それが嘘である、無理をしていると気付く塔子さん。それを見つめる田沼とニャンコ先生。夏目を見る塔子さんが、どことなく名取を見る柊に似ているなと思ったり…。

「お前ら子供か」と言う西村。押し入れに隠れて驚かしたり、ラムネ水の湧く場所を探しに行ったり…今回みんなが“子供っぽく”描かれている部分が多いです。進路の話題が出てきた通り、みんな大人へと近付いています。でも今はまだ子供。今だから出来る事。今しか出来ない事。

押し入れの中の写真。田沼の秘密基地の話。押し入れの中にあるのは、大切な物。そして人に言えない秘密。それはまるで“心の中”。そんな押し入れの中を見た田沼たちは、かけがえのない友人。

西村の「地図通りに着いちゃったら冒険になんないだろ」という台詞。そして、夏目の“迷うのも、楽しいもんだな”というモノローグ。
3期4期は、1期2期での成長と“人間と妖怪の両方”を選択した事のその後が描かれていました。3期の前半はレイコの選択した道について、後半はレイコの選択出来なかった道、夏目と人との関係について。4期は夏目の選択した道と他のキャラクターが選択した道、夏目のこれまでとこれからについて。全部通して“選択した道”がキーワードだったと思います。そんな中、今回出てきた“目的地へ行く道を迷う”という事。目的地は“将来の夢”、迷う道は“夢に向かう道”。今回、みんなが“大人になる手前の子供”として描かれていた為、ふとそんな事を思いました。でも今回、夏目の迷いは過去について。

父親との記憶を思い出すシーン。父親との思い出は“光”、その思い出を忘れようと“影”の方へ行こうとします。風鈴は夏目と親を繋ぐ物であり、2期の最後にあった通り、夏目と藤原夫妻を繋ぐ物でもあります。過去と現在に共通する物。

田沼の「よかった」という台詞。怪我をしていなくて“よかった”というより、妖怪に襲われていなくて“よかった”。とても印象的でした。

今回のニャンコ先生を見ても、やはり気まぐれではなく意図的に動いているような気がするんですよね。夏目の言った「ほとんど」という所から、「少しは覚えている」事に気付いたり、普段の夏目なら対処出来るのに助けたり、田沼に写真の事を教えたり…。自分で解決出来る事には手を貸さず、解決出来ない事や間違いには手を貸したり正しい方向に導いたりする。

“つかなくてもいい嘘”とは何だったのか。田沼にとっては、迷惑をかけたくないという“嘘”。妖怪の事ならば仕方がないけれど、探し物ならば手伝う事が出来ます。だから嘘をつくなと言いました。でも夏目にとっては、自分の気持ちに対する“嘘”が“つかなくてもいい嘘”でした。夏目が過去を捨ててしまおうとしたのは、辛いから。では何故辛いのか?それは、“大切な”両親を亡くしたから。だから、その過去を捨てようとしました。でも“大切な両親”なんです。“大切”なものを捨ててしまおうとしているんですよね。両親は“本当は大事なもの”、そして“光”です。田沼の言葉に気付かされる夏目。そうなるようにと導いたのはニャンコ先生。

笹田と多軌に出会った夏目たち。名取のポスターに思わず吹き出してしまいました。ユリコの家にあったポスターと同じCD(?)の宣伝ポスターでしょうか?タイトルと発売日が同じだったはずです。
同じCDが目当てだった為、代わりばんこに聞く事にした笹田と多軌。合理的な女性の考え。それに対して夏目たちは泥だらけ、子供っぽくて笹田と多軌とは正反対。そんな対比。
ニャンコ先生の姿を見た多軌。ニャンコ先生を追いかけていく多軌の姿を見る西村がちょっと面白いですね。ニャンコ先生に多軌を取られた感じというか…。

今回、西村が面白いポジションでしたね。一人だけ塾に通い始めたり、子供っぽい言動が多かったり。みんなの今の現状を表す部分が多かった気がします。
次回は夏目の実家へ行くみたいですね。楽しみです。

夏目友人帳 肆 第10話「祀られた神様」

前回からの続きです。今回注目すべきなのは…名取でしょうか?

白笠を疑った名取。白笠は豊月神のことを信じていたから、ぎりぎりまで待ちました。“豊月神と白笠”、“名取と柊”…この二組は似ています。力で従わせるような主従関係ではなく、従者からの信頼があります。白笠が柊のことを“式”ではなく、“お仲間”と言ったのが印象的でした。
「本当はもう豊月神はいなくなったんじゃないのか?」という名取の言葉に反応した柊。二組の関係が似ているように、名取が柊に愛想を尽かすことがないように、豊月神も白笠を見捨てたりはしません。柊が白笠に言った言葉は、名取に対する思いでもあります。その柊を見つめる名取の視線は、前回の柊の視線に似ています。柊の思いに気付く名取。

名取の「夏目は本当に凄いな」という台詞。ニャンコ先生に言われた通りの仕事に関する意味と、利益に関係なく純粋に凄いと思う気持ちの二つの意味があります。1期、2期の頃は、名取はあえて夏目を巻き込んでいるような部分がありました。でも今は、“友人”という関係を壊したくない気持ちが強いみたいです。

ニャンコ先生の「どうせお前のことだから、もしも豊月神が負けたら、都合良く私の力を借りようとか思っているのだろう」という台詞。“どうせ”や“都合よく”の部分が引っかかります。前回書いた通り、ニャンコ先生はあえて夏目を突き放しているように見えるんですよね。ですが、危なくなった時には必ず助けてくれます。ただツンデレなだけにも見えますが、力の使い所を見極めているようにも見えます。どちらが正しいのかは、普段からひねくれている部分が多いので何とも言えませんね。

「大丈夫だよ夏目。ここまで頑張ったんだ。あと少し、きっとやれる。」…名取の台詞、いかにも“親”ような立場の言葉。“ここまで頑張った”という言葉が、今回のことだけではなく、今までのことのようにも感じられます。夏目を正しい道に導く言葉、後押しする言葉。ふと、OPの歌詞を思い出したり…。

豊月神と不月神。妖怪たちの話によれば、豊月神が負けたことはないとのこと。なので、山が枯れてしまうことはありませんでした。これってつまり、毎回豊月神がわざと勝ち、不月神がわざと負けていたということでしょうか?あるいは、不月神が意図的に負け続けていたとか。もしかしたら、本当に不月神の方が弱かったとか…。妖怪たちにとって、このお祭は娯楽でした。だから勝敗(勝負の後の十年間について)は二の次で、みんなで楽しむことが主体のお祭だったのかな…と思います。豊月神と不月神、勝負は娯楽であり、その先にあるのは豊作。
豊月神は三年間封じられていましたが、山に何か異変が起きたりすることはありませんでした。信仰心が薄らぎ、力を失い、封じられてしまった豊月神。山を治める力すら、なくなっていました。だから神様がいなくなっても、急に山が枯れることはなく、時の流れるままに、なるようになっていくだけなのかもしれません。

夏目の「一人じゃ、きっと出来なかったんです」という言葉。それに対する、名取の「そうだね。そうだね、夏目。」という言葉。それは夏目に対する肯定であり、自分に対する肯定でもあります。名取も、夏目がいたから不月神を祓わずに済みました。結果名取の名声が上がりましたが、柊は“図らずも”と言っていましたね。
名取が夏目の頭をなでる仕草は、やはり“親”のよう。名取が“親”の立場であれば、夏目は“子”の立場。親は子に手を差し伸べたり、時に厳しく突き放したりしながら育てます。でもそれだけではなく、親は子の純粋でひたむきな姿に心を動かされる時もあります。でも親(大人)には社会的地位や、大人であるが故のプライドがあります。子供よりも、選択した道を変更することは容易ではありません。でも柊の思いや夏目の思いに触れた名取は、確実に、少しずつ変わり始めています。

“違うからこそ補い合っていける”…それは夏目と名取であり、豊月神と不月神。あるいは人間と妖怪。夏目とニャンコ先生、名取と柊。水の流れは時の流れ。その流れによって、変わりゆくもの。

次回は夏目の両親についてのお話が出てくるのでしょうか?楽しみです。

夏目友人帳 肆 第9話「月分祭」

春と勘違いしたカエル、柔らかい風。もうすぐ春…ということは、4期の終わりが近付いているということ。ちょっと寂しい気持ちになったり。

「好青年だか遊び慣れてんだかいまいちわからない」…女優さんたちが言っていた通り、名取は“胡散臭い”キャラクターです。助けてくれたり、わざと巻き込んだり、そのことを問いただしても知らなかったと上手くかわされたり…。彼の言葉って、どこまで信じていいのかわからないんですよね。つかみ所のない人。でも、それが彼なりの処世術。

豊月神の身代わりを頼まれた夏目。夏目は名取に力を貸して欲しいと言いました。でも名取は、何かあった時不月神を祓わなければなりません。それは人間のために。人間と妖怪の両方を選んだ夏目と、人間側、祓い人の道を選んだ名取。時にぶつかり合う互いの道。

柊は夏目のことを「少し柔らかくなった気がする」と言いました。妖怪との交流や人間との交流、それによって思ったことや感じたこと。そこから導き出した“人間と妖怪の両方大切”という答え。春が近付くのと同様、時間の流れがもたらした変化。充実した日々。
そして柊は、「名取もいつか、そんな風になることがあるのだろうか」と続けます。夏目の選択した道は、名取が選択できなかった道です。前に田沼が倒れた時、名取は夏目に「夏目は強いんだよ」と言いました。つまり夏目と同じ道を選択できなかった名取は、夏目よりも“弱い”ということ。“強い”夏目に、徐々に感化される名取。嘘をついたりはぐらかしたり、そんなひょうひょうとした名取の生き方は、時に辛そうに見えてしまう。側にいる柊だからこそ、わかること。

「それくらいの覚悟もなしには、やり通せんぞ」…ニャンコ先生の言葉。これはこの月分祭に対してだけではなく、夏目の選んだ道に対してでもあると思います。夏目の選んだ道は険しい道です。一人で背負わず誰かに頼ることも大切ですが、自分が選んだ道に対する責任も大切。ここ最近あまり役に立っていないニャンコ先生ですが、甘やかさないように少し突き放している面もあるのかな…と。まあ、ただの気まぐれな気もしますが…。もしも自分がいなくなっても、一人で立派に生きていけるように…というのは、さすがに考えすぎですかね?

ニャンコ先生と名取。名取の攻撃がニャンコ先生に当たってしまいました。夏目に対する思いは同じ、親のような立場の二人。目的は同じなのに、何故が互いの思惑が衝突してしまいます。夏目が的場に捕まった時も、ニャンコ先生がお札を破ってしまっていましたね。衝突し合う二人ですが、ある意味似た者同士なのかもしれません。

名取に対する柊の思い。今回、柊が名取を見つめる姿が目立ちました。名取が柊の護衛を断った時、名取が夏目に不月神を祓わなければならないと言った時、名取が「夏目は無事だろうか」と言った時。どれも、柊の顔のアップが挿入されます。柊は名取の変化に気付いています。夏目と同じような道を歩む時がくるかもしれない、もしかしたら柊もそれを願っているのかもしれない…。けれど祓い屋として生きている以上、選択した道を変えることは容易ではありません。“自分の選択”と“夏目の選択”の間にいる名取。式である柊は、見守ることしかできません。

次回は今回の続きです。月分祭がどうなっていくのか、豊月神と不月神についても気になりますが、名取や柊についても気になります。何を感じるのか、何を考えるのか、今後どうなっていくのか…楽しみです。

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プロフィール

人見

Author:人見
平成生まれゆとり系女子。
アニオタというよりは、ぬるオタ。最近はのんびり肩の力を抜いて見られるアニメが好きです。
アニメの感想は人それぞれ違うのが楽しい。

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