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雑記

秋アニメが終わったらどうしようかと思案中です。そもそも何となく始めただけの感想ブログでして、秋アニメの感想が最後まで書ければいいなーくらいしか考えていなかったもので…。それに、冬アニメで確実に見ようと思っている作品は夏目友人帳くらいなんですよね。まあ、ゆっくり考えます。
以下その他アニメの感想…というより、主にましろ色シンフォニーの感想です。あと、UN-GOも。

ましろ色シンフォニー
第10話を見る限り、このまま先輩ENDになるのでしょうか?紗凪ちゃんが何とも可哀相な展開ですが、それぞれのキャラクターの“成長”を描いた物語として見てみると納得出来ました。公式のアフレコ取材レポートを見ると、壱智村さんが「それぞれが成長していく過程を描いている作品」と言っています。
愛理ちゃんは言わずもがな、序盤で成長しましたよね。でも、決して瓜生君のことが(恋愛的な意味で)好きになったわけではないと思います。普通の男の子とは違っていたから“特別な存在”になっただけ。その特別という気持ちが本当に“恋”だったとしても、本人は気付いていません。
アンジェは第5話で大切なことに気付きました。それは“人のために尽くすということ”。まだまだ子供っぽい所が多いですが、第6話で桜乃と協力して夕食を作ったことで一方的に尽くすだけではなく“相手の気持ちを考える”ということも理解出来るようになったのかなと思いました。
桜乃は第7話と第10話を見比べてみるとわかると思います。第7話でみう先輩と出かけると言った時、あまりよく思っていないようでした。でも今回は瓜生君と先輩を二人きりにするために、わざわざアンジェと一緒に外に出て行っていました。でも正直、妹のエピソードはもう少し欲しいですよね。
みう先輩はここ数話で変わっていきました。今まで自分一人で抱え込もうとしていたのに、今回「頼むのは私なんだから」という“相手に頼る”台詞が出てきましたね。今までは思わせぶりな態度(お母さんの影響なのかなと思ったり…)をとっているのにガードが堅い(気付いていない)といった感じでしたが、第8話から第9話にかけて意識し始めます。自分より他人や動物を優先させる性格故に、他人に尽くしてもらうということがなかったんだと思います。
瓜生君の成長は先輩に告白したこと。瓜生君が唯一恋愛感情を抱いていたのがみう先輩でした。それに、椋梨君にも“年上好き”みたいなことを言われていましたね。今まで空気が悪くならないように努力してきた瓜生君。みんなに優しく接していますが、ある程度距離を置いているというか…先輩と同じように完全には他人に心を許さないタイプですよね。そんな彼が先輩に告白をしました。自分の気持ちを優先させました。それって、凄く勇気のいることだと思うんです。自分と先輩が“同じ”だと感じたからなのかもしれません。
そして、最後に紗凪ちゃん。彼女はまだ成長の途中。確かに子猫の名前や間の悪い電話などは可哀相でしたが、素直になれない紗凪ちゃん自身にも原因があります。ココアを渡す時も、後で冗談だよと言って渡す気だったのかもしれませんが、先に一つしかないと言ってしまったのが悪かったですよね。素直に渡せば、傷付かずに済んだのに…。でも恋敵がみう先輩というのも辛いですよね。恋敵ではなく「尊敬する先輩」と否定したことで、なおさら辛い気持ちが伝わってきます。素直になれない、悪循環。余計に墓穴を掘ってしまいます。
でも、次回予告ではちょっとだけ立ち直っているみたいですね。愛理ちゃんの「今日だけよ、あいつのことで泣くのは」という言葉もありますし。ここから完全に立ち直るのが、彼女の成長だと思います。
あと少しだけ言いたいこと。第4話で初めて紗凪の本性が出た所についてですが、もう少し伏線があってもよかったかなと思いました。先輩と仲がいいという描写しかありませんでしたよね。学校などで瓜生君を一瞬睨むカットがあってもよかったかも。

UN-GO
第8話を見ていたら話全体についてのことが思い浮かんだので、二つほど。
一つ目は風守が「新十郎様」と呼んだことについて。今までは「貴方」と呼んでいました。梨江も「探偵さん」や「新十郎さん」と呼んでいたのに、第6話で急に「新十郎」と呼び捨てになっていましたね。
UN-GOって、各エピソードの間にある程度時間経過があると思うんですよね。少なくとも一日以上経過していると思われます(第6話と第7話は繋がっていますが)。特に第4話から第5話にかけては、泉や梨江たちが風守に対して疑問を持ったりしていなかった所から何らかの出来事があったのではないかと考えられます。話数が少ないということもありますが、基本一話完結で、一話見逃しても大丈夫な作りにしたかったとのことなので(時間変更も多いですし)、その辺りも関係してくるのかなと思いました。それぞれの話はある程度独立していて、でも全体を見てみると繋がっている作り。
二つ目はUN-GOという作品自体について。最初の頃から“UN-GOはトリックや犯人捜しなどの推理部分に重点を置いていない”とよく言われていました。“ホワイダニット”がメインの作品…私も前にそう書きました。でもここ数話を見ていると、新十郎の心情がメインなのではないかと思ってしまうんですよね。
いわゆる“探偵モノ”で主人公の障壁となる物は“ハウダニット”と“フーダニット”。UN-GOの場合、新十郎の障壁となる物は“新十郎自身”だと思うんです。特に第2話と第8話の場合はそうですよね。安の夢が永遠に叶わなくなってしまうことと、戦争がなかった世界が消えてしまうこと。新十郎はためらっていました。小説家も新十郎は幻想から抜け出せないだろうと踏んでいましたね。
第6話で「君が真実を明かすのは何のためだ?」と麟六に聞かれて答えられなかった新十郎。因果が“御霊のため”と言っていましたが、それは本心ではなく建前。第5話で推理を間違ってしまったことにより、“何のため”なのかを見失ってしまった気がします。犯人は白朗であるという決めつけ、正義感。それによって見えなくなってしまった真実。そして、真実から目をそらさなかった第8話(これについては、安の事件も影響しているのかもしれません)。新十郎の心情を追っていくと、(根本は変わらなくとも)変化しているのがわかります。
そして因果の能力。因果の能力が万能ではないことは最初からわかっています。むしろ因果の能力があることで真実から目を背けられない。新十郎は逃げられないんですよね。「彼は必ず真実を、御霊を私に捧げる」という因果の台詞の通り、逃げられない。
やはり、こういう楽しみ方をしたいなら映画を見た方がよかったですよね。ホワイダニットの部分で楽しむのも勿論間違いではありません。ですがこういう細かい所まで見よう見ようと思っている人間こそ、因果論を見てから新十郎の心情について楽しむべきですよね。早くBD、DVD出て欲しいです…。見たい…。

UN-GO 第8話「楽園の王」

違和感についての考え方や殺害方法についてはだいたい当たっていましたね。
新十郎にかけられた手錠ですが、前回の最後のシーンでも探偵事務所のロゴが少しだけ確認出来ます。一応ロゴがついているということは確認出来ていたのですが、“風守が渡した物”という所までは頭が回らず。予告を見て、どうやって新十郎に電撃を食らわせているのだろうと思っていました…。

まず始めに、自分の推理で足りなかった部分を書いていきます。
新十郎、谷村、矢田に与えられたナンバーは“F6”“F7”“F8”。新十郎は“F7”でした。第6話の冒頭を見ると、そこに映っていた男性のナンバーはFではなくMでした。男性はM、女性はFである可能性があります。ですが、何故警備員たちは誰もそのことに気付かなかったのでしょうか?ただの警備員がデータを改竄出来るくらいですので、意外と警備が手薄なのかもしれません。普通の刑務所よりも緩い所のようですし…。それにナンバーに関しては裁判所と検察が発行するので、警備員はナンバーそのものについては気にしていなかったのかもしれません。
他にもMやFは男女の区別ではなく、別の意味である可能性もありますね。その場合、新十郎のナンバーが女性二人の間なことから女性のナンバーを付けられていることが想像出来ます。ただ、これだけでは絶対とは言えませんが…。
ただ、少しだけ気になったことが。伊沢は監視カメラを避けていたみたいですが、風守が見つけた映像にしっかりと映っていました。これについては、警備員は絶対に気付くと思うのですが…。囚人ではなくとも、外部からの人間にも何らかの証明が渡されるみたいですし(梨江と泉はVISITORと表示されていました)。監視カメラを避けなかったことについては“幻覚を見ていたから”で説明がつきますが、今までの習慣が全部なかったことになるわけではないと思うんですね。でないと目の前にフェンス気付かずぶつかったり、単純なことで正気に戻ってしまうと思います。
だから毎日の習慣に関することは、無意識で処理しているのではないかと…。そうなると、あの監視カメラの映像がおかしいということになりますよね。

「谷村、矢田、いるな。それに伊沢も?」という台詞。新十郎が気にしている様子だったので何だろうと思っていたのですが、そういえばそうですよね。新十郎に“聞いている”という部分をスルーしていました。

シャッターの所で監督と会っていた人物が誰なのか、声でわかったという方が結構いました。これについては第2話で新十郎は、歌声を聞いて安だと気付いていましたよね。なので“声”というのもヒントの一つと考えてもいいんじゃないかな、と思いました。

他に、ちょっと気になったことがあります。監督は、小説家と別天王の能力について何処まで知っていたのでしょうか?新十郎が幻覚を見ていることは知っていたと思うのですが…。知らなければ、新十郎を収監するのはおかしいですよね。でも、伊沢たちも幻覚を見ているということは知らないみたいでした。完全に小説家と結託していたなら、伊沢たちにも幻覚を見せるということを疑問に思うはずです。監督には、“新十郎を収監する”だけという役目が与えられたのでしょうか?別天王にそういうことが出来るかどうかわかりませんが…。

台本に見立てたノートをどうやって渡したのか。あのノートは台本よりも厚さがなかったので、ある程度丸めれば渡せるかなと思いました。渡しているシーンは、丁度新十郎に隠れて見えませんしね。

映画は彼女たちの“理想の真実”でした。
ただ自己満足のために、政府の隠蔽情報をリークした上デマを流した谷村。戦争の不安から、多くの人と関係を持った矢田。日常を守るため、自分の子供を守るためにテロを起こそうとした伊沢。
前回の彼女たちの考え方を思い出してみて下さい。谷村は非日常を望んでいました。矢田はみんな平等に裁かれると言っていました。伊沢は非日常ではなく日常を望んでいました。そして「戦争なんて、おこっていない」という台詞。その言葉に安堵する、新十郎の表情。
もしも本当に戦争がなかったら…。谷村は政府の情報に目をつけることはなかったかもしれません。矢田はもっと真っ当な恋をしていたかもしれません。伊沢はごく普通の主婦として平凡に暮らしていたかもしれません。そう考えると、胸が痛いです…。
谷村と矢田の二人は、台本を読んですぐに正気に戻ったようでした。でも伊沢だけは頑なに現実を否定しました。戦争のない世界を望みました。伊沢が役を降りることを嫌がった理由は、映画を撮る世界こそが自分が望んだ世界だから。役を降りるということは、見たくない現実に引き戻されるということだから。
正気に戻った時に見えるのは“本当の真実”です。
第7話、第8話と麟六の影が薄かったですが(今回のCパートではかなり怪しい感じでしたが)、“現実”は“新十郎がたどり着く本当の真実”、“映画撮影の世界”は“麟六の作り出す真実”と似ていますね。

新十郎が正気に戻るシーン。最後の女性三人の時もそうですが、水の波紋が広がっていきます。前回も書きましたが、水を飲んだり、水のペットボトルが出たり、“水”に関係する物が多く登場している気がします。他にはトイレとか…。

今回、その他に気になったことは二つ。
一つ目は風守の言っていた“非常に攻撃的な未知の防壁”。刑務所だからというより、新十郎へのアクセスをピンポイントで阻止しているようでした。こういったことが出来るのは、麟六くらいかなと思うのですが…。麟六は別天王を求めているみたいですが(最後にはもう手に入れている?)、そのために邪魔をしていた?
二つ目は梨江と泉が小説家と面会しているシーン。最初に小説家の背後にいるのは警備員でしたが、能力を使う時は別天王になっていました。これは、二人には別天王の姿は見えていないということですよね?別天王が見える人と見えない人がいるのでしょうか?それとも、見せたい相手には見えるようになるとか?この辺りのことは、映画に出てきているのでしょうか?

そして、今回別天王の能力が判明しました。別天王の力は“人の言葉を現実にする”力。そして別天王は“神”ということ。そういえば、風守は別天王について…というか映画の内容を知っているんですよね。第5話でそんな会話がありました。

今回はコミカルなシーンがいつもより多かったですね。新十郎の「ラノベは書けないな」や「(棒読み)」、お嬢様刑事の梨江とメイド姿の泉、鼻の下を伸ばす速水など…。メイド服を奪い取る梨江はいかにもお嬢様といった感じで、速水はかなり活躍していると見せかけてやはりちょっとボケキャラだったりと面白かったです。勿論、泉のいつもと違ったギャグキャラ具合も。でも手錠のスタンガンは、例え人体に影響のない程度の電流だとしても火傷の後が付きそうなので、女の子の顔に当てるのはちょっと…と思いました。

次回は“海勝麟六の犯罪”。Cパートを見ると、麟六は別天王を求めているようでしたが…。それに、速水も拳銃を手にするくらい警戒していました。やはり、麟六は裏で何かしようとしている?
小説家は次回で完全にお役ご免といった所でしょうか。予告で口を塞がれていましたね。今回新十郎が永遠に謎を解けないままになることを望んでいたみたいですが、死ぬ必要のなかった人間が死んだ(小説家が何もしなければ、警備員は伊沢に殺されることはありませんでしたよね)という点では完全にはめられていた気がします。

他には、てらそままさきさんが不破重次郎役で第9話から最終話まで出演されるらしいのですが、このまま最終回まで話が続いていく感じになるのでしょうか?次回からかどうかはわかりませんが、今後大川透さんも出演されるみたいです。大川さんで思い出しましたが今回、鋼の錬金術師でハボック役だった松本保典さんが出演されていましたね。この辺りは、やはりそういった繋がりでなのでしょうか?

個人的に、第2話で出た小山田の再登場が嬉しかったり。風守がいるので、小山田の出番はもうないかなと思っていたので…。楽しみです。

雑記

UN-GO第7話で、女性三人について気になったことをちょっとだけ整理してみました。ただ書き出しただけですが…。

伊沢紗代。
一番最初に新十郎を呼びに来たのは彼女でした。監督に頼まれた様子でしたね。
谷村に彼氏がいそうと言われていました。
映画の撮影中の新十郎を見る視線。あの一瞬だけ、役を演じているような表情ではなかった気がします。
「戦争なんて、おこっていない」と言っていました。この言葉に、新十郎は安堵していました。
監督の持っていたPADのマップに、彼女の番号だけが表示されていませんでした。囚人ではない?
監督が三人がいることを確認した時、「谷村、矢田、いるな?それに伊沢も。」と一人だけ最後に呼んでいました。
一人だけ、台本に文字が書かれている?もし一人だけ書かれているのなら、伊沢だけ決められた台詞を言っている(他の二人は自分の本心)?でもよく見てみると、矢田の台本にも文字が書かれているように見えるのですが…。見づらいので断定は出来ません。
戦争の話では、非日常ではなく日常を求めていました。一人だけ、戦争を否定しています。

谷村素子。
“お父さん”という言葉に疑問をもったり、“愛”という言葉が言えないことが気になります。でも恋についての話は普通に出来ているんですよね。“彼氏いるよね”など。
他にも“素子ちゃん”と呼ばれるのを嫌がっていたり、二人のことを知りたいと言っていました。三人が出会ってから、まだそんなに時間が経っていない?
映画の結末については、三人の中から一人だけ選ばれたいと言っていました。
役を演じている時は、走っている最中でもずっと笑っていました。
戦争の話では、非日常を望んでいるようでした。非日常の中で、愛や生きる意味を求めている?
監督の言葉に泣いていたのは彼女だけでした。
新十郎に台本を渡したのは彼女。でも三人と新十郎の間には隔たりがあるので、実際には渡していません。新十郎が開いた台本は白紙、実際ににぎっていたのは草でした。でもこれは、新十郎が監督の所へ行くきっかけ?

矢田寿美恵。
声が豊崎さん…兼役ですね。“兼役を犯人にするはずがない”という安易な考え方は危険かもしれません。
谷村が言葉をつっかえるたびに、彼女が教えてあげていました。谷村に“お嬢さん”と言われていましたが、“愛し合う”と言ったり、エロティックな台詞を与えられていることが気になります。
戦争の話では、人々は裁かれるべきだと言っていました。非日常を求めているというより、仕方がないことといった考え方?
市電に轢かれたみたいと最初に言ったのは彼女でした。

他に考えられることは、犯人が複数である可能性。
新十郎が本当に後ろから殴られて昏倒したのなら、複数で部屋まで運んだ可能性もあります。それに、バラバラにした死体を運ぶのも楽です。

一番気になるのは、監督のPADに一人だけ表示されてなかった伊沢です。他の二人に比べて、明らかにメイン的な扱いなんですよね。ただ犯人だと言える決定的な証拠がないので、断定は出来ませんが…。
他に気になったことは、新十郎の“映画という謎”という台詞。新十郎がカメラを覗いた時、カメラを覗いた後に現実とリンクするシーンが映っている気がします。映画=現実?
一応次回が終わってから“選挙殺人事件”を読もうと思っていたのですが、先に読んでも大丈夫なのでしょうか…?

UN-GO 第7話「ハクチユウム」

今回の原案は“愚妖”と“白痴”。サブタイトルのフォントが“ハクチ”がゴシック体、“ユウム”が明朝体になっています。
映画は見ていないので別天王の能力についてはわからないのですが、次回で明かされるのでしょうか?でも今回の話で重要なのは別天王の能力ではなく、“誰が犯人なのか”です。…といっても、犯人の見当がなかなかつかないのですが。

今回の話は刑務所(小説家のいる東関東社会復帰促進センター)での話ですね。現実と幻覚?が入り交じっています。第8話のあらすじや相関図がネタバレらしくてまだ見ていないのですが、第7話の相関図の時点で女性三人が囚人服を着ていますね。髪もぼさぼさです。それに、監督から新十郎と女性三人に伸びる矢印が“監督する”になっているのも気になります。

作中で、これは刑務所の中ではないかと思った理由が六つ。
一つ目は新十郎と三人の女性の間に隔たりがあること。そして、女性と話をしていると監督に怒られること。言うことを聞かないと殴られたり、やる気がない(こちらを監視していない)といった所がいかにも刑務所の看守といった感じです。
二つ目は矢田が手を差し出したシーン。新十郎は握りかえそうと手を差し出しましたが、矢田は手を握りませんでした。これは、二人の間に隔たりがあったから。だから手を握れませんでした。それに、この先も新十郎と三人は近くにいても体に触れたりという接触がありません。
三つ目は新十郎の立ち方。背後には何もないのに、何かに寄りかかったような体勢で立っていました。これは、現実世界では背後に何かがあるからです。
四つ目は監督の持っていたPAD。そこに映っているのは“F6”“F7”“F8”“G12”。F6とF8、F7とG12の間に壁があります。遠ざかっていくG12が監督?だとするとF7は新十郎になるのですが、一人映っていないことになりますね。右に映っている全体マップと第6話の冒頭のシーンを見比べればわかりますが、建物の位置からして東関東社会復帰促進センターで間違いありませんね。
五つ目は新十郎が寝ている部屋。奥に窓、左にベッド、右に蛇口。最後に映った小説家の部屋と同じ作りです。
六つ目は倒れ込んだ時に新十郎が着ていた服。囚人服でした。それに首の後ろのバーコード。これで完全に新十郎が社会復帰促進センターにいて、しかも収容されているということがわかります。

映画のタイトルは「白痴たち」。さすがに本編では出てきませんでしたね。台本のタイトルも手で隠されていました。映画の内容については三人の話していた事柄しか出てきていませんが、三人の演技中の言動が奇妙です。みんな必死さがなかったり、谷村にいたっては笑っていました。タイトルの通り、彼女たちは知的障害を演じているのでしょうか?現実の彼女たちも病んでいる?少なくとも社会復帰促進センターにいるということは、体のどこかが悪いということになると思うのですが…。

谷村が男は特撮が好きと言った時、「うちのお父さんだってさ」の台詞の後に「お父さん?」と言っていました。記憶が曖昧なのでしょうか?もしかしたら、戦争に関する記憶?他にも谷村は“愛する”“愛し合う”という言葉が言えなかったり、気になる点がありますね。ただのキャラ付け?それとも“愛”ということに何らかのトラウマがあるとか?

伊沢が水を飲むシーンの意図は?ぐっと上を向いて水を飲むシーンが印象的でした。口の端から流れる一滴の水。あのシーンは一体何なのでしょうか?そういえば前回もペットボトルの水が登場していましたね。

監督と女性三人の内の誰かの会話。“パピヨン”というキーワード。それに女性の方が監督の秘密をバラそうとしていて、それを止められているような感じでした。立ち去る姿が見えましたが、ピンク色のフリルが見えただけで誰だかわかりませんね。
その後のシーンで監督の見ていたDVD(そういえばBDではなくDVDなんですね)の棚の中央にあったのは「ショーンシャンクの空に」(ショーシャンクの空に)。そして探していたのはローゼンバーグとシャフナー。スチュアート・ローゼンバーグとフランクリン・J・シャフナー。共通点は脱獄に関する映画。しかも、シャフナーの監督作品には“パピヨン”という映画があります。

サイトにあった麟六の講演の配信、そして風守からのメッセージ。現実との繋がり。Cパートの風守を見るとぬいぐるみの中にはいないみたいだったので、刑務所内のネットワークに潜り込んでいるのでしょうか?

撮影で女性三人が走ってくるシーン。「何かバラバラだな。監督これでいいのか?」という新十郎の台詞。これは団体行動が乱れているということでしょうか?それを監督が咎めないのは何故?ただの怠慢?

「私たちどこかへ行くんですか?」という問に「お前たちはどこへも行けない、罪人なんだ」と答えた監督。これはそのまま、現実の彼女たちのことでしょうか?そしてその後の彼女たちに与えられた台詞は、彼女たちの“戦争が終わったって聞いて、あたしたちが言う台詞”そのもの?“どこへも行けない”…つまり“un go”。
最初の方にあった台本を読むシーン。これも彼女たち自身のことなのでしょうか?“私たちはそれぞれ別の場所からここに逃げてきた…”の辺りは、刑務所に連れてこられたということを連想させます。布団を被って話をしていたのは、人に聞かれたくないこと。谷村の“一人ちゃんと選ばれたい”という台詞が気になります。
“戦争なんて、起こっていない”は、罪を犯していないということ?冤罪?それとも、罪だとは思っていない?
新十郎に渡された白紙の台本。これは、あの台詞が彼女たち自身から出た物だということの表れでしょうか?そして、新十郎が握りしめていたのは台本ではなく草でした。台本など存在していない、何も渡されていなかったから?
彼女たちはみな、監督と関係を持っていたのでしょうか?監督に選ばれたがっていた?ここから出たがっていた?一人だけ裏切って、監督を殺した?

監督の死体にみんなが集まっているシーン。手前に女性、奥に男性と完全に別れていますね。これを見ると、監督の死体って女性側の場所にあるんですね。現実で体を切断するには、あのシャッターくらいしか思いつかないのですが…。そういえば監督はシャッターを閉める時、端末のような物を押し当てて閉めていました。でも、殺された日は手で操作していました。端末を女性に渡した?

最後に出てきた速水。泉がいないということは、中へ入っていったということでしょうか?梨江と一緒に中へ入っていった…だから梨江が刑事として泉と一緒に出てきたのでしょうか?ということは、二人も新十郎と同じように別天王の能力でおかしくなってしまっている?

今回、疑問点を書き出しただけになってしまってすみません。後々もう少しまとめた記事を書くかも…。

UN-GO 第6話「あまりにも簡単な暗号」

謎の小説家登場。そして、最後には別天王もちょっとだけ出ていました。
丁度話は折り返しなので、この回がターニングポイントになるかと思います。何と言っても、今回の原案は“アンゴウ”ですからね。

今回、暗号に関しては原案と一緒なんですよね。原案でも子供の書いた暗号で、主人公の妻が浮気していたんじゃないかと疑うというお話です。それ故に、原案通りではなく本当に麟六が関わっているのではないか…と思ってしまいました。原案を読み、なおかつ今まで原案通りに、一筋縄ではいかなかったからこそのミスリード。

今回の話でのポイントは二つ。
一つ目は新十郎の「警察庁のデータベースに矢島タカ子の指紋か…」という台詞。原稿用紙にあった指紋、データベースにあったのは矢島と妻のタカ子のものだけでした。何故タカ子の指紋が警視庁のデータベースにあるのか。これはタカ子のネグレクトの件で登録されたのでしょう。隠蔽されただけで、多分児童虐待として裏で処理されているはずです。毎回報告書の参考欄に真実が書かれているので、事件として扱われなくてもデータくらいは残っているはず。新十郎も“警視庁のデータベース”という所が引っかかっていたみたいでしたから、タカ子が何らかの事件を起こしていた可能性について考えていたのではないでしょうか。
二つ目は矢島が小説家に本を渡されて「私も一冊持っている」と言ったこと。これで麟六の蔵書である可能性と、矢島の蔵書である可能性が出てきます。小説家の手によって蔵書印が押されたために、ややこしいことになってしまいましたが。

因果がペットボトルをにぎっていたのは、矢島がタカ子の首を絞めることの暗示ですね。今回因果が「お前の子供たちは何処だ?」とタカ子に聞いても、事件は解決しなかったでしょうね。何処かへ行った、私のせいだ、私が殺した、といった答えしか出てこないと思いますから。ただ記憶が曖昧な人に対しての質問がどうなるのか(心の奥底、閉ざしてしまった物まで呼び起こすことが出来るのか)気になりますが。

今回の話で、どうしても腑に落ちなかったことが。それは“破かれた子供の描いた絵”と“古本屋へと売られた蔵書”について。
どうして“目が見えなくなってから”絵を破いたり、本を売ったりしたのでしょうか?見えないのなら、あってもなくても変わらないと思います。まるで、子供のいた形跡を消しているようにも見えるんですよね。まあ冷静な判断が出来なかった、存在していること自体が嫌だったと言われたらそれまでですが。
でも麟六とタカ子、二人の間には本当に何もなかったのでしょうか?麟六が盗難を疑わなかったというのも気になりますね。麟六は本が確実に手元にあると確信していました。メイドに対して「オークションに出したりしてないよね?」と言っていたのに、絶対にあると確信していたのです。虎山レポートに“出品予約登録をしていた古書が大量に出品された”ことで気付いたと書かれていますが、こんな一般の古本屋に勝海の蔵書を売るでしょうか?古本屋全体が繋がっていて、一ヶ所で管理しているようなシステムなら、本を売ったり出品されたのを確認出来たりしてもおかしくはないのでしょうが。それでも、普通の古本屋に売るでしょうか?それこそ、オークションに出したりした方が高値で売れると思うのですが…。
この辺りに関しては、麟六とタカ子の関係以外に麟六と小説家との関係も疑わしいですね。小説家の、本を“ここに入れられる前に”手に入れたというのは、多分嘘でしょうね。本を手放したのは一年前。その間麟六よりも先に手に入れなければなりません。それに、本当にここ一年以内に入所したかどうかも怪しいです。
本当に、麟六は偶然本が売られているのを見つけたのでしょうか?タカ子は、本当に視力を失った後に本を売ったのでしょうか?虎山レポートを見ると、“タカ子が視力を失った事実”の後に“麟六が古本を買ったこと”が書かれています。この二つが前後している可能性はないでしょうか?視力を失った日付はあまり前後出来ませんが、古本を買ったのは泉に「古本が出品されていたから買った」と言えばいいだけです。いくらでも前後出来ます。
それに、出品されていた本ばかりに暗号が挟まっているんですね。矢島宅にはまだまだ大量の本が残されているのに。あの中には暗号はないのでしょうか?もしもない場合は、暗号の挟まれている本だけが選ばれて売られたことになります。そして、暗号にあったのは矢島の指紋とタカ子の指紋。タカ子の指紋は偶然ついたのでしょうか?それとも、タカ子もあの暗号を見たのでしょうか?そして、あの暗号に小説家の指紋がなかったのは何故なのでしょうか?彼の指紋もデータベースに登録されているはずですよね。あの原稿用紙に触れなかったのでしょうか?
他にも麟六は過去六回、頻繁に矢島邸を訪れているのに矢島が出所してからは一度も来ていませんね。
麟六とタカ子が関係を持っていた以外に、子供たちは暗号遊びを昔からやっていて、それを偶然タカ子が見つけて狂ってしまったとか…。色々考えられますが、まだまだ考えがまとまらず。

「真実は常に一つだろうか?」…麟六の台詞ですね。作られた真実、本当の真実。それ以外にも、それぞれ違う人間から見た真実が存在します。同じ物を見ても、人によっては違う真実が見えてきます。
視聴者一人一人にも、違う真実がある…そういう意味合いもあるのでしょうか?もう少しじっくりと考えてみたいと思います。

風守は、あの人間の体ではネットワークに繋げないんですね。携帯電話を使っていました。駒守の話を思い出してみると、無線の届く距離でしか繋げないような感じなのでしょうか?一方、ぬいぐるみはネットワークで語彙を拾ってくることが出来ます。つまり、ネットワークに繋ぐにはぬいぐるみの体の方が都合がいい。だから、ぬいぐるみの体でいる方が多いのでしょうかね?

クレープ、美味しそうでしたね。まさかUN-GOを見てお腹が空くとは…!甘くない物はクレープ・サレというらしいです。蕎麦粉を使った物をガレットということぐらいしか知りませんでした。
ここのシーンはただクレープを食べるだけではなくて、新十郎が行っていたのが“東南アジア”だということがわかります。まあ、映画のあらすじにも“アジアのとある国”と書いてありますけどね。
他にも梨江の母親は梨江が三歳の時に亡くなったと言っていましたね。

別天王とは一体何者なのか。もしも因果と同じような存在なら、御霊や人を食ったりするのでしょうか?だとしたら、あの小説家は自分の描く物語で人を殺し、別天王に与えようとしているのでしょうか?映画を見れば別天王についてわかると思うのですが、あいにく公開中に見に行けそうになく…。明日からの公開でしたっけ?ネタバレを見ないように頑張ります…。

来週は過去の話なのでしょうか?原案が推理小説ではないみたいなので、どんな話になるのか…。楽しみです。

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人見

Author:人見
平成生まれゆとり系女子。
アニオタというよりは、ぬるオタ。最近はのんびり肩の力を抜いて見られるアニメが好きです。
アニメの感想は人それぞれ違うのが楽しい。

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